2度の介護離職

遠距離介護、ダブル介護、介護難民といった言葉が新聞やテレビで話題になっています。
それだけ介護は家族の献身的世話が何年も続く大変なもの。
今回はがん家族の会「そよごの会」のメンバーで介護のため離職した経験をもつ奈津子
さん(仮名)のお話。ブログ掲載に際して「皆さんのお役に立つなら」と奈津子さんの
承諾をいただいています。

奈津子さんはお母様に肺がんが見つかり、介護のため退職。お父様は高齢であり病院の
付き添いは難しいと判断したそうです。手術後、お母様の容態が安定したのをきっかけに
就職したそうです。

すると今度は、お父様に肺がんが見つかりました。その後、東日本大震災が発生。
奈津子さんの勤めていた会社は外国会社でした。震災当初の情報混乱から、
外国からの判断では、原発事故で東日本はダメと認識されていたそうです。
東京本社を大阪へ移転する話も出て、2か月も商品が本社から入荷されず、
売り上げも大幅にに減少。奈津子さんはやむなく契約終了となってしまいました。

お父様の病状が落ち着いたので、ご両親の介護のかたわら奈津子さんは再び就職活動を
始めます。奈津子さんは最初の退職から8年経ち、30代半ばになっています。
なかなか就職先は見つかりません。そんな時、東京都の「東京仕事センター」で
仕事のカウンセリングを受けたそうです。

そこのスタッフは親身に相談に乗ってくれて、やりたい事や好きな事を丁寧に
聞いてくれたそうです。そして好きな事に携われる仕事を探してくれました。
奈津子さんは好きな仕事が見つかり今では毎日が楽しそうです。
お母様も笑顔が戻りました。お母様は奈津子さんに事あるごとに
「私は特養に入るから仕事は辞めないで」と言うそうです。
この言葉は寂しいけど、現実を鋭く表現していて心に残ります。

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